来 歴


なつかしい風景


いつだったか たしかに出会った風景だ
いちめんの羊歯の群落が
巨大な歴史のような山を背負い
ばかに丈の高い木々が
山にさわやかな挨拶を投げている
遠くには勢いよく現代の川もながれているらしい

時には淡い雪が
木の枝にぶらさがっていたりする
それが花だったりすることもある
青い空だけがいつもふり向きもしない
ぐんぐん高みへ飛び上がって行く
手のとどかない稀薄な幻影だ

われわれはこんなにめまぐるしく変るのに
あれはいつも同じだ
決して自然よりほかのものを受け入れない
あれは誰からも影響されない
われわれは通り過ぎるだけだ
あれはわれわれのめじるしに黙って立ちつくす
可能性の曲がり角はここだったのか
それとももっと向こうだったのか
どの道を通ってもたやすく行きつくのであれば
選ばれた人生などはありようもない
見えない草むらの底は
がっと崖になってなだれているかもしれない

一歩踏みはずせば
見知らぬ他国で
ことばにも見放されて死なねばならぬ
山の次の平野 その次の川
無数の風景の記憶をくみあわせて
われわれは生きているのだろうか

われわれの手はみえない糸で
四方の風景と結ばれている
だからわれわれは手をのばして
高価な風景をつみとることはできない
あるときは背中合わせに存在していて
薔薇をさす花びんには飾りきれないのだ

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